牧 一雄
まき かずお
1970年生まれ 飯田市在住
Story
今はもう彼は絵を描きません。それはこの5 月にお風呂の入り方について相談が持たれ、浴槽に入らないこと、シャワーを使わないこと、タオルやあかすりで体を擦らないでなどを決めてからのことです。彼は自分らしい自由を手に入れた時から、絵を描かなくなったと考えることができます。では、この数十年の間、どんな気持ちで彼は絵を描いて来たのでしょうか?彼の絵は強迫的です。例えば一枚の絵には動物のパーツを全部納めなくてはいけません。紙も全て塗りつぶさなくてはいけません。できるだけたくさんの色を使わなくてはいけません。結果として、それは「彼らしい絵」になって、自己表現の形となりましたが、その絵は「ねばならない」が、押し込められた不自由の象徴でした。新しい入浴のかたちが決まった後、彼の行動変容は「絵を描かない」だけに収まりませんでした。昔の思い出の品を大量に捨てる、コーヒーを飲まなくなり新しいジュースを飲む、髪を金色に染める、ボタンのシャツを止めてシャツを着る… etc。「俺は自由だ!!」を急ぎ足で進めているように見えます。
zawameki artiens
複雑な図形とややアンダーな配色の組み合わせ、牧さんのパッチワーク表現が「押し込められた不自由の象徴」だということを聞いたときは少しショックでした。だとするなら、不安を可視化したともいわれるムンクの「叫び」にも似た要素を、この絵に求めることになるのでしょうか。いずれにせよ今は絵筆を握らなくなったという牧さんの心が自由へと向っているならば、むしろ絵画に向き合わなくてすむことを喜ぶべきなのでしょう。( 堤 隆)