保科 貴子
ほしな たかこ
1980 年生まれ 伊那市在住
牛乳パックやお菓子の箱の裏に、鉛筆やペンで幾何学模様が描かれている。保科さんは毛糸を編んだ作品も制作しており、この絵は編み物の下絵とか設計図のようにも思える。彼女はこの絵を描き終えると捨ててしまう。自分の内面を表出すると満足して捨ててしまうようである。
「無題」
色鉛筆、ボールペン、クレヨン、紙、厚紙 / 毛糸
きつく編まれた毛糸の塊。花のようだったり、海の草のようだったり、生き物のようだったり。同じ形はひとつもない。複雑に編み込まれた糸の模様は、よく見ればきれいな編み目が並んでおり、柔らかな素材と固い編み目のコントラストが、独特な世界感を醸し出している。私が訪問した時も、保科さんはゆらゆらと体をゆらしながら、慣れた手つきでスイスイとかぎ針を動かし編んでいた。かなりきちんと、時折目を拾う場所を確かめるように眺めては、編んでいく。編みぐるみなども作ることが出来るほどの確かな技術は、母や祖母をまねているうちに習得したようだ。会話することは難しいが、私と支援員さんが話しているのを聞いて、ウンウンと時折うなずくようにゆれながら、静かに編み物に没頭されていた。 事業所に通い始めて最初の頃は、形の整ったいわゆる手芸作品を編んでいた。編み物は彼女の落ち着ける時間にもなっていたという。しかし、そのうちにぱたりと編まなくなった。一年近くのブランクを経て、昨年から再び編み物を始めた時、現在のような独創的な作品を突然編むようになったそうだ。それから毎日、部屋の片隅にあるソファーに座り、編み続けている。ドローイングもまた、糸のような曲線が複雑に絡まり合う。毛糸の作品の編み図のようにも見えるが、「細胞分裂みたいに広がっていくんです」と支援員さんは言う。真ん中の丸から始まり、そこから派生していく模様。ドローイングも、毛糸で編んだ作品も、彼女が表現したい何かは、小さなループの重なりの中にある。(鈴木真)
「無題」2018